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2015年7月29日 (水)

猿払村開村90周年によせて

猿払村と聞いて思い出すのは「ホタテ」です。
 内灘漁民が猿払沖でホタテ漁を行ったのは明治21年からでした。以降北海道の羽幌を拠点として、春はニシン漁でその漁期が終わればホタテ漁となっていました。

 猿払沖のホタテ漁も昭和に入るとホタテの乱獲で漁獲量も激減し、ついには不漁続きで休漁となりホタテ漁の加工で生計を立てていた猿払村民は貧困で苦労しました。

 昭和45年から始めたホタテの稚貝の放流事業で村の年間予算の半分をつぎ込み事業を継続し、昭和49年には待望の水揚げが出来ました。

 それ以降はホタテの育成事業が軌道に乗りホタテ長者の村として全国に紹介されるようにまで発展し現在に至っています。

平成25年に猿払村は開村90周年を迎えました。
今日までの先人たちのご苦労を知り、内灘町と猿払村のつながりを整理してみました。

「sarufutumura1.pdf」を閲覧してください

「sarufutumura2.pdf」を閲覧してください

「sarufutumura3.pdf」を閲覧してください

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