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2016年1月13日 (水)

加賀団体による倶知安町開拓(1)

平成27年7月14日 かねてより気になっていた石川県人が明治期に開拓移住した地域巡りが始まった。

新潟からフェリーで苫小牧東港に到着したのは7月13日のことです。
今回目的としていたのは羊蹄国道を北上し、円融寺と倶知安町の図書館を訪ねることです。
加賀団体の倶知安開拓を何度かに分けて書いていきます。

加賀団体倶知安の開拓

倶知安百年史(上巻) 倶知安町(平成5年3月30日)発刊より
地名の由来
倶知安の地名はアイヌ語の「クッシャニ」から名付けられた。クッシャニは尻別川支流の倶登山(くとさん)川の旧名である。
クッシャニはクッ・シャン・イで「くだ(のような)を・流れ出る・ところ」の意もあるから、本来ところの意で場所をさすようになったのであろう。
このクッシャンイがクッシャニになり、さらにクドサニとかわって、川名の倶登山(川)となる。
一方同じクッシャニがクッチャン(倶知安)となって地名になったと倶知安百年史に記載されています。
Photo_2
江戸時代の末ころ、ソウツケ(尻別川の支流・現在のソウスケ川)はサケ・マスの宝庫であった。ところが、尻別川の川口である磯谷から上がるには急流があり、虻田から陸路をとり、キモベツを経て下るには、途中に難所があって共にたどりつくことが難しかった。
いきおい、岩内から倶知安峠を越え倶登山川をくだるしかない。その岩内と倶登山川とを結ぶ目印がこのくだのような流れの地点であった。それが川名となり、川名が地名となった。

倶知安の位置
倶知安町は北海道の中央西部で後志支庁のほぼ中央部に位置している。
南に蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山(1898m)がそびえ、西にはニセコアンヌブリ(1308.5m)、イワオヌブリ(1118m)、ワイスホルン(1045.8m)などのニセコ連峰が連なっている。
京極町を隔てたはるか東には無意根山(1460.5m)中岳(1387.8m)、喜茂別岳(1176.9m)、小喜茂別岳(964m)がならんでいる。
倶知安町は尻別川中流域に広がる海抜176mの盆地に位置し、北は余市郡仁木町、北東は同郡赤井川村、北西は岩内郡共和町、東は虻田郡京極町、南東並びに南は羊蹄山頂を境に同郡喜茂別と真狩村、南西はニセコ町、西にはニセコアンヌブリを隔てて磯谷郡蘭越町に接している。

倶知安の気候
倶知安地方の年間平均気温は6.5℃で、最高気温は20.4℃、最低気温はマイナス6.3℃である。
平均気温が10度を超える月は5月~9月の5ヶ月で、マイナスの月は12月~3月の4ヶ月である。これまでの最高気温は昭和51年8月6日の33.6℃で、最低気温は昭和20年1月27日のマイナス35.7℃であった。
9月の下旬から初霜がおり、初雪は早い年で10月20日すぎ、平年は10月末から11月初めである。11月中旬から12月初めにかけて根雪となる。
最深積雪の平均は2m、最深の記録は昭和45年3月25日の3m12cmで、最も少なかった年は平成元年の1m26㎝である。札幌市の平均積雪量は1mであるから2倍の積雪量がある多雪地帯である。

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