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2016年8月11日 (木)

2016北海道取材ノート(2)

平成28年7月19日 稚内市立図書館を訪ね、稚内市史の中で石川県人が稚内に移住した記述がないかを探しました。

20160719_113554                   (稚内市立図書館)

稚内市史を調べたのですが、稚内への開拓移民に関する記述は見ることができませんでした。
明治22年4月の市町村制施行時の住所では石川県能美郡串村(現小松市串町)から稚内へ渡道している記録が串町史に残されています。
・稚内へは寺江甚助、田中次郎八」、宮本丹次郎、山本乙松、三ッ井甚右エ門、池田良作、当摩喜三郎
礼文島へは田口十郎、当摩二太郎、村住三松、田 多嘉吉
利尻島へは三ツ峰亀吉
の記述がありましたが、稚内市史では確認することができませんでした。
市史では範囲が広く多くの事象を収録するので、移住者の氏名まで記述してあることはないのが通常です。
稚内の市制を引く前の町史であればまだ氏名等が確認出来ることが期待できるのですが、今回は事前調査の不足で確認できませんでした。
串町からの移住者名も帰宅後、資料から判明したものです。

稚内市立図書館は大きな図書館で蔵書も多く、他の市町村の町史、村史も多くありました。
これから行く予定の天塩町社会福祉会館図書室で天塩町史を閲覧することにしていたのですが、この図書館の蔵書にありましたので閲覧することにしました。
天塩町史には藩政期は水戸藩の所領であったが、新政府になり水戸藩は領地を返納したが水戸藩士の栖原小右衛門が漁業侍として残ったとあります。
開拓移民は明治30年頃が多く、新潟、富山、石川、福井県の日本海側からの移住者が多かったとされています。
石川県からの移住者も多く、珠洲から大聖寺まで幅広く入植者の名がありました。
天塩町への開拓移住に関しては別の項目でまとめて行きたいと思っています。
天塩町史の必要箇所をコピーしてきました。




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