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2017年2月 4日 (土)

石川県から石狩町花畔村への開拓移住者(3)

石川県からの移住者たち
明治27年には花畔原野に石川県江沼郡大土村の坂下岩次郎、水上藤次郎、前田惣与門らが、前年における石狩地方の現地調査に基づいて主唱し、指導して構成された加賀団体が入植した。同団体は前田惣与門に率いられて、まず同27年4月6日25戸が入地し、同年36名に対して52万7千坪の予定存置を出願した上、3カ年継続移住を許可されたので、翌年5戸、29年7戸も入地することになった。そして31年に全地を懇成した者が5戸おり、32年には他のほとんども附与を受け残る者は3戸のみとなっている。
なお、この団体の郷里は石川県で最も山間の僻地で、小作農民の多かったところであり、その頃人々は日常アワ、ヒエ、キビなどを主食としていたといわれ、移住直後は札幌付近に小作や雇人として出ながら開墾に従事したという。
また、27年には以上の他、徳島県人関又一が9万坪の予定存置を手続し、翌28年貸付を許可されて、小作6戸(うち2戸は徳島出身)を樽川にいれている。
さらに、28年石川県から32戸160人が花畔に入っている。
以上のように明治初期から20年代後半までに亘って内地からの移住があり、それに伴って石狩地方の人口は次第に増加し、かつて漁業で栄えたこの地方が明治20年代以降における不振とともに、農業に重きを置く地帯へと変貌されて行った。
ちなみに明治20年代末から30年代前半にかけての花畔および樽川両村の戸口数と人口を次表に示します。

明治30年前後における花畔・樽川村の戸口および人口

                                                       
 

村名   年代

 
 

明治15

 
 

明治29

 
 

明治31

 
 

明治32

 
 

明治33

 
 

花畔村

 
 

50

 
 

288

 
 

360

 
 

362

 
 

452

 
 

160

 
 

1,203

 
 

1,321

 
 

1,511

 
 

1,878

 
 

樽川村

 
 

 

 
 

60

 
 

128

 
 

140

 
 

166

 
 

 

 
 

252

 
 

573

 
 

586

 
 

695

 


第三章 農業
石狩町誌では農業の項で作物のことが記述されていますので摘録します。
石狩は「鮭の町」ともいわれ、明治前半期には漁業で栄えたが明治5年には農業人口が商業人口や漁業人口より多かった。それは農業が開拓使時代以前から営まれており明治元年には箱舘からロシア産の蕎麦、えん豆、麻などの種子が送られてきたりもしているが、明治前半期における農業は専業者による場合でも十分な耕地を必要としたものではなかった。
また、当時の主な生産物は蕎麦、粟、大麦、小麦、黍、蜀黍(もろこしきび)、玉蜀黍、大豆、小豆、馬鈴薯、葉藍などで、この地方の米作は当別を除けば明治半ば過ぎになってから次第に広められた。
この地方の農業は明治10年代に入っても、旱魃や水害に見舞われ中々発展を見ることができず、往時の農民の生活は僅かに口を糊する状態で厳しいものがあったと記されています。
明治16年刊行の『札幌縣勧業課第貮回年報』では次のように記されている。
「本部中農業ニ依テ生計ヲ營ムモノハ花畔、當別等ノ各村ナリト雖モ花畔、生振両村ノ如キハ概ネ砂地ニシテ殊ニ風雪厳ク常ニ耕作物登熱ノ十分ナラサルヨリ年一年ニ衰頽ノ色ヲ現ハシ就中本年ハ未曾有ノ旱魃ニシテ一層ノ困難ヲ極メ殆ンド見ルニ忍ビサルノ状況ニ陥リタリキ今之レカ村民ノ有様ヲ概言スルトキハ平常ハ自作物ヲ以テ僅ニ其口ヲ糊シ農間ハ漁場ノ雇夫トナリ雪中ハ森林ニ入リテ薪ヲ伐リ炭ヲ焚キ以テ今日ノ活路ヲ凌クモノニシテ頽ル肥沃人民競フテ農事に勤勵スル事ハ前回既ニ報告セリ」


 

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