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2017年7月 1日 (土)

加賀団体による十勝地方への開拓移住者(1)

石川県から幸震村への開拓移住者
 
石川県能美郡新丸村から北海道幸震村へ開拓移住した人達の歴史を調べるために幸震村を訪ねてきました。
平成27年7月のある日、日高町から日勝峠を越え帯広に入りました。この日勝峠は2回目なのですが、今回も峠の上の方は霧がかかって峠からの風景は見えませんでした。
中札内村への途中に幸福駅がありました。

明治時代に福井県から幸震村(さつない)へ入植した開拓移住者の地域で、アイヌ語のサツナイという当て字が読みにくいので「(幸震)コウシン」と呼ぶことが多かったそうです。
この地域の人達が何時ごろからか不明だが福井の「福」と幸震の「幸」を合わせて「幸福」という地名にしたそうです。
 この地区に国鉄の広尾線の駅がありましたが昭和62年(1987年)の廃線に伴い廃駅となりましたが、「愛国駅から幸福駅」という触れ込みで今でもこの駅を多くの観光客が訪れています。
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                     (旧国鉄広尾線軌道)

P7230097                           (幸福駅)


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P7230099                             (幸福駅ホーム)

幸福駅を後にして中札内村を訪れたころは雨模様になりました。
中札内村役場を訪ね、開拓の歴史について尋ねると役場の副村長さんが話を聞き対応してくださいました。
石川県の新丸村から幸震村への開拓移住者の方々の入植について尋ねると、石川県からの開拓の入植者が多く入植しているのは帯広市の大正町の方ではないかとのことでした。
それでも新丸村の開拓移住者の一覧を見て「この壬生(みぶ)という名前の人は当村にいる」と言われ、壬生(いくるみ)さんとお呼びするのですねと尋ねると「そうです」と答えられました。
この方の呼び方は一般的ではないため先代の方は新丸村出身者ではないかと思うようになりました。
副村長さんは別室から一冊の本を持ってこられ、それを開き名前を調べ始めました。
この記念誌の中の王生さんは石川県出身であることがわかりました。
その本は「常盤開拓100年記念誌」でした。その記念誌をお借りすることが出来、関係個所をコピーし返却しました。

この十勝地区には幸震村、高島第二農場があり石川県から多くの人達が入植している地域でもあります。
今回は幸震村を主体に調べた事を書いていきます。

役場で中札内図書館の場所を教えていただき、図書館に向かいました。
雨は一向に止む気配がありませんが目的の図書館がありました。
中札内文化創造センターというホールや会議室などの複合施設の中に図書館がありました。
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                       (中札内文化創造センター)


図書館の中は広く沢山の蔵書の中から中札内村史ほか資料を読み漁り、必要箇所を抽出しコピーして頂き図書館を後にしました。

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