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2017年7月 8日 (土)

加賀団体による十勝地方への開拓移住者(2)

幸震村
幸震村(さつないむら)は、かつて北海道河西郡にあった村で、現在は十勝総合振興局.
河西郡中札内村となっています。
 中札内村の北側には帯広市が接し、東側には河西郡更別村、南側には広尾郡広尾町と接しており、西側には日高山脈があります。
 現在はタレントの田中義剛氏が牧場長を務める「花畑牧場」で有名な観光牧場のある場所でもあります。
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村の沿革
1902年(明治35年)4月1日 - 北海道二級町村制施行により河西郡幸震村が村制施行し、幸震村が発足した。
1915年(大正4年)4月1日 - 河西郡上帯広村、売買村と合併し大正村を新設して消滅。
1947年(昭和22年)9月1日 - 旧村域である大正村大字幸震村の一部が分割され、新設の中札内村、更別村の一部となった。

幸震村の歴史の項目は札内村史より転記しました。
サツ・ナイ(乾く川)の意があり、「この川は不思議に西南の風(ピカタ風)吹けば、雨降らずして水量増す。
平時ことに夏に至れば、川水減少し、往々床々に乾固の場所を生ずる。ゆえにこの名あるなり」といわれている。
旧大正村幸震は、幸(サチ)・震(ナイ)をあてたものであり、渇水は夏に限らず、冬期間も、中札内市街地より上流約数kmにわたって渇水状態となることからこの名がある。

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