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2017年10月23日 (月)

せたな町北桧山区太櫓への布教活動での移住者達(1)

平成29年7月22日 太櫓地区を訪ねて

今回訪ねたのは北海道久遠郡せたな町から約10km海側を南下した北檜山区太櫓です。
せたな町の太櫓(ふとろ)地区は明治14年に石川県能美郡串村(現在の小松市串町)から浄土真宗の布教活動の為に串村村民と共にこの地に移住したと記録にありました。
串村から北海道へ開拓移住した歴史を調べている時に太櫓地区への布教活動で村民と共に渡道した。しかも一般の開拓移住の始まる前でもあり興味を惹かれる事象でもあり今回訪ねることにしました。

Photo                      (北海道桧山郡)
Photo_2                    (せたな町太櫓区)
地勢
せたな町は道央道の国縫ICから国道232号線を約42km離れた場所にあります。また、太櫓地区から江差までは海岸線を走り約80km離れた場所でもあります。
岩内から寿都町から弁慶岬を廻り国道229号線をひたすら海岸沿いに南下します。
Img_1214Img_1212                        (弁慶岬)


せたな町の手前で国道から右折し道道740号線を海岸線に沿って車を走らせると太櫓海岸です。岩内から約120kmでした。

太櫓の集落は西側には日本海、東側には丘陵地帯が迫っておりそのわずかな間を道道740号線が通っています。
太櫓地区の人家も僅かながらの平地を見つけて建物が建てられているように感じられるのです。
Img_1227Img_1229Img_1226                           (光玄寺)


 GoogleMapのストレートビューで調べると太櫓海岸の所に「光玄寺」というお寺があることがわかりました。

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