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2017年12月 2日 (土)

平成29年7月  北海道前田地区の方達と懇談してきました

平成29年7月、今年も北海道へ取材旅行で来道しました。
小樽にフェリーで揚がってから北の方を訪問しましたが、その後はどうしても前田神社の方に来てしまうのです。
私にとって石川県人が北海道開拓に移住したことを調べる原点となった地域は旧加賀藩士の犂野舞納(りゃぬない)原野の開拓移住史で後に前田利家公が神として祀られている尾山神社の御分霊を奉持し前田神社を建立した歴史の地でもあります。
前田神社がこの地を開拓した開拓民の心の礎になったであろうことは紛れもない事実でもあります。

北海道へ来るたびに前田神社から呼び寄せられるように訪問しています。
 
余市から尻別国道を南下し、国富交差点を右折すると間もなく旧道と新しく出来たバイパスの交差点になります。
旧道を進むとこの道を走る車は意外と多いのに驚きます。生活道路になっていたのかと思っていたのですが意外と商業の道路となり、以前の活路が見て取れました。
共和町役場を過ぎ尻別国道を岩内の町の方に進むと「前田」と書かれて看板が現れます。
バス停の看板に起業社の文字を見つけ、まだこの名前があった事になぜか安堵を覚えます。
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国道を進むと左側に前田神社の長い参道があります。参道の脇には前田神社の社中標が建っています。
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参道を進み鳥居をくぐると木立の中に社があります。静けさだけがこの時間を支配しているような静寂な時間がここにはあります。
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社を背に鳥居から参道の方向をみると参道が真っすぐ伸びその向こうには青々とした畑が広がっている景色がありますが私の一番感激する景色でもあります。
前田神社に祀られている神様もこの景色を見て住民の安泰を見て喜んでいらっしゃると思うのです。

日を改めて前田地区の方と懇談する機会が出来ました。
私が2回目に前田地区の方と懇談することが出来たその中の2名の方です。
前田開拓130年誌を編纂している方です。この方々とお逢いしてから6年位経過しているでしょうか、今年は前田神社創立130年誌と前田地区開拓記念誌を出したいと頑張っておられます。
今年創刊する草稿を持ってきていました。現在は草稿を校正している最中とのことでした。
何とか年内に発刊したいとのことでした。
草稿を見せていただくと殆ど完成の領域になっていましたので創刊できるので喜ばしい事と思いました。
編纂委員会の皆様に敬意を表し、もう一歩頑張って頂きたいと労いの言葉をお掛けし現地を後にしました。

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